「命について想う-3歳の子どもが親の死に直面したとき」

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 私が園長を務めている認定こども園で、園児(Hちゃん)のお父さんがくも膜下出血のため、急逝されました。亡くなられたお父さんは、私と同じ歳の48歳で、まだ若く、翌週にはその園児のお誕生会に出席予定でした。私や園の職員もお通夜に参列させていただきました。

家族の死に直面した子どもへのサポート

 Hちゃんは3歳で、どれくらいお父さんが亡くなったことを理解しているかはわかりません。お通夜の際にも笑顔で斎場内を走り回っていました。しかし、お母さんから話を聞くと、家では「お父さんに会いたい」と言って泣くこともあるらしく、子どもながらに「お父さんがいなくなった」、「お父さんにもう会えない」ということはわかっているようです。こども園で担任の先生方とその子に対してどのようなサポートができるのかを話し合いました。

 小さい子が大切な家族の死に直面することもあります。うちのこども園はキリスト教保育を実践する園なので、毎週子どもたちと礼拝を守っています。その礼拝の中で、私たち人間の命について、またさまざまな生き物や草花の命について子どもたちに話しをすることがあります。どの命も神様に与えられている大切な命であることを伝え、日頃の生活の中でも私たちが神様に命を与えられ、守られていることに感謝をささげながら生活をしています。しかし、実際の園児の大切なご家族が亡くなられ、日頃の礼拝の話だけではなく、もう少し具体的に命について、また大切な人を亡くした時にどのように胸の内にある悲しい思い、寂しい思いに向き合うべきなのか、どのように悲しんでいる人に向き合うべきなのかを共有したいと思いました。

 なので、お父さんを亡くしたHちゃんのクラスへ行き、そのクラスのみんなと命について考える時間を持ちました。大切な人が亡くなると、天国という場所へ行くこと。天国から大切な人たちのことを見守っていてくれること。私たちも亡くなったら天国へ行き、天国にいる大切な人たちと再会できることを伝えました。また、「大切なお父さんを亡くしたHちゃんが今どのような気持ちでいると思う?」と聞くと、みんなが「悲しい気持ち」と答えてくれました。私たちはHちゃんのお父さんを蘇らせることはできませんが、Hちゃんに寄り添うことはできます。クラスのみんなに「Hちゃんに何ができるかな?」と聞くと、「優しくする」と答えてくれました。子どもたちに対し、こちら(大人)がすべての答えを与えるのではなく、子どもたちにも考える時間を与え、心の中でいろいろ想像したり、考える時間はとても大事な時間・機会です。自分たちで考えたことを言葉にすることも、子どもたちにとっては大事な経験になります。

 また、悲しい時には「悲しい」と言っていいこと。寂しい時には泣いても良いことも子どもたちに伝えました。子どもたちは、感情をそのまま表現できる子もいますが、子どもながらに自分で気持ちを整理したり、押し留めようとする子もいます。Hちゃんは大好きなお父さんを失った後でも園では泣いたりはしません。Hちゃんなりにお父さんがいない事について向き合っているのでしょう。でも、クラスでHちゃんがお父さんを失って悲しい思い、寂しい思いをしていることを知ってもらえば、Hちゃんも少しは自分の今感じている感情を出しやすくなるかもしれないと思いました。悲しい時にしっかりと悲しむという時間は大人であれ、子どもであれ必要なのです。また、真剣に話を聞いてくれる子どもたちの表情から、みんなが辛い思いをしているHちゃんのことを支えてくれるのではないかと思いました。

最後に、Hちゃんのお父さんの天上での平安と、遺されたHちゃんご家族に大きな慰めが与えられるように、クラスのみんなでお祈りをしました。

子どもたち、そして大人にも

 この内容をお母さんにもお手紙を書き、お伝えしました。この内容はHちゃんにだけでなく、Hちゃんのお母さんとも共有したい内容だったからです。大切なお父さんを亡くし、お母さんも今大きな悲しみの中にいます。Hちゃんのことをクラスのお友だちや先生方が支えるように、お母さんのことをこども園のみんなで受け止め、共に歩んでいきたいと思っています。“死”に向き合う時、私たちは絶望や無力感を味わいます。大切な人にどのように言葉をかければ良いのかとためらうこともあります。しかし、私たちは無力ではなく、大切な人を亡くされた方に寄り添うこと、祈ることなどできることはあるのです。自分自身の命に向き合うことも大切ですし、自分の周りにある命に向き合うことの大切さを改めて考えさせられました。

 命は子どもたちにとって難しいテーマのように思いますが、こども園で子どもたちとしっかり命という大切な事柄について向き合い、考え、できることを実践する歩みを進めていきたいと思います。また、大人であっても忙しい毎日の中で命について改めて考える機会は多くないように思います。時々立ち止まり、自分自身の命、周りにあるさまざまな命について考える時も必要なのかもしれません。


三浦啓
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