家族や親友など大切な人との別れを経験する時、私たちは大きな悲しみや喪失感に襲われます。ましてやその別れが突然訪れたのであれば尚更です。この記事は特に自死によってある日突然、大切な人との別れを経験した人に向けた内容です。
遺された者が抱く後悔、罪責感
自死によって大切な人との別れを経験すると、遺された人は悲しみや喪失感だけでなく「あの時こうしていれば」、「〇〇しなければよかった」という後悔の念を強く持ちます。そしてその思いが時に「自分は大切な人の異変に気付けなかった」という罪責感に変わり、遺された人を苦しめることがあります。私たちはこの苦しみにどう向き合い、対処すれば良いのでしょう。
アーティストの宇多田ヒカルさんはお母さんを自死で亡くした自死遺族です。2023年8月22日にSNSのXにて自死遺族としての思いを投稿され、2024年12月10日現在で4.3万リポスト、28.4万いいねと大きな反響を得ています。以下に引用します。
「自死遺族の集会に通ってみた時期、精神分析、育児や創作を通して自分と向き合い続けたこの10年で学んだこといろいろ。
死に正しいも正しくないも自然も不自然もない。
何かをすると決めた人間がそれを実行するのを周りがいつまでも阻止するのはほぼ不可能。
今知ってることをまだ知らなかった時を振り返って『ああしていれば』『なぜ気づかなかった』と自分を責めるのはまだ手放す準備ができていないから。
人が何を感じてどんな思いでいたか、行動の動機やその正当さなんて、本人以外にはわからない。わかりたいと思うのも、わからなくて苦しむのも他者のエゴ。『理解できないと受け入れられない』は勘違い(恋人に別れを切り出されて理由と説明をやたら要求するひと的な、一種のパニック状態)で、『受け入れる』は理解しきれない事象に対してすること。理解できないと理解すること。
人が亡くなっても、その人との関係はそこで終わらない。自分との対話を続けていれば、故人との関係も変化し続ける。
参考になるって思う人が一人でもいたら書いてよかった。 みなさん良い一日を♡」(https://x.com/utadahikaru/status/1693764006010671423 2024年12月10日アクセス)
精神疾患と自死
キリスト教徒であり精神科医として放送大学の教授として教えておられる石丸昌彦さんという方がいます。その方が「こころの病と信仰との関係」(『自死遺族支援と自殺予防』日本キリスト教団出版局、2015年)という文章の中で自死についてこのような説明をされています。
「うつ病の患者には自殺願望がある」といった表現をよく見聞きするのですが、これは適切な言い方ではありません。願望とは人が本心から「そうしたい」「そうなりたい」と望むことでしょう。うつ病患者はそのような意味で「死にたい」のではありません。自分でも避けたいと思いながら、いつのまにか「死」のことが頭から離れなくなり、考えまいとしても考えずにはいられなくなる、願望というよりも強迫観念に近いものです。<中略>「自殺願望」という言葉は精神医学の正式な用語にはありません。そのかわり、………「希死念慮」という言葉が使われており、その趣旨は前述の通りです。死に引き寄せられるのは病気の症状であって、その人本来の願望ではないのです。(石丸昌彦「こころの病と信仰との関係」(『自死遺族支援と自殺予防』日本キリスト教団出版局、2015年、36~37ページ)
自死は病気が引き起こすものであって願望ではありません。誰も急な心筋梗塞や脳梗塞、がんなどで亡くなった人に対してそのような願望があったと言わないのと同じです。しかし世間一般の誤解と偏見が病気を抱える人、またその家族を苦しめている現実があります。私たちはこの病気に対する正しい理解を持ちたいと願います。自殺予防は大切で必要な事柄ですが、家族や精神科医、カウンセラー等によって適切なサポートと治療を受けていても「希死念慮」に深く蝕まれて命を奪われている人がいる。そういう私たちにはどうすることもできない現実があるという人間の限界も私たちは受け止めなければなりません。
自死とキリスト教
キリスト教は長い間、自死者を断罪してきた負の歴史を持っています。その反省に立って多くの教会・教派で自死遺族のための会や礼拝を持っています。ともなるが派遣する牧師は自死という形で突然の別れを経験した方々に寄り添い、神さまの慰めと平安が与えられることを祈りつつ自死された方の尊厳を大切にして葬儀を執り行います。どこに、誰に葬儀のことを相談したら良いか分からないと悩まれたら、ぜひともなるにご相談ください。
自死と自殺の使い分けについて
NPO法人全国自死遺族総合支援センターが出している「『自死・自殺』の表現に関するガイドライン 〜『言い換え』ではなく丁寧な『使い分け』を〜」では「遺族や遺児に関する表現は『自死』を使う」としています。また厚生労働省から出されている「自殺総合対策大綱」の「第2 自殺の現状と自殺総合対策における基本認識」では「自殺は、その多くが追い込まれた末の死である」としています。したがってその行為を防ぐ取り組みを「自殺」予防と表現し、遺族に焦点を当てているところでは「自死」と表現しています。参考までに厚生労働省ならびにNPO法人全国自死遺族総合支援センターの参考資料が掲載されたURLを記しておきます。
・厚生労働省「自殺総合対策大綱~誰も自殺に追い込まれることのない社会の実現を目指して~」(https://www.mhlw.go.jp/stf/taikou_r041014.html 2024年12月11日アクセス)
・NPO法人全国自死遺族総合支援センター「『自死・自殺』の表現に関するガイドライン 〜『言い換え』ではなく丁寧な『使い分け』を〜」
(https://www.city.handa.lg.jp/_res/projects/default_project/_page_/001/008/157/zisigaidorain.pdf 2024年12月11日アクセス)