私はブレークする前から米津玄師さんの曲が好きで聴いていました。その米津さんが2018年に『Lemon』という曲をリリースしました。
「あなたが死んで悲しい」を表現した曲
この曲は、ドラマ『アンナチュラル』の主題歌として書き下ろされた楽曲です。この曲を作るに当たって、ドラマの制作側から「主題歌として製作する曲は傷付いた人を優しく包み込むようなものにしてほしい」というオーダーがあったそうです。
しかし、この楽曲を制作している途中に米津さんの祖父が亡くなったことが大きく影響し、「傷ついた人を優しく包み込むような曲」ではなく、「あなたが死んで悲しい」という曲になったそうです。
残る記憶や悲しみは、レモンのように
この曲の歌詞を見ると、「死」に対して、夢ならよかったと空想を描き、現実を受け入れられない様子がわかります。私たちにとって大切な人の「死」とは、最も辛く忘れ難いものです。それがたとえ、キリスト教では天国への旅立ちであり、天国での再会が約束されているとしても、です。いくら時が経っても、忘れ物を取りに帰るように思い出してしまうものです。
この曲の歌詞に「きっともうこれ以上、傷つくことなどありはしないとわかっている」とあります。そう思わされるくらいに大切な人の死はこの上ない悲しい出来事です。この曲の題名は『Lemon』です。レモンを食べたことのある人ならわかりますが、レモンは食べると、強烈な酸味が口の中に広がり、その後に口の中にほのかな苦味が匂いと共に残ります。米津さんは大切な人の死に対する強烈な衝撃とその後に残される記憶や悲しみを、レモンを食べた時になぞらえて曲の題名としました。
地上に残してきた「あなた」を想う
大切な人を失い、残された記憶と悲しみの中で、「雨が降り止むまでは帰れない」という歌詞の通り、心の中に悲しみの雨が降って動けなくなっている様子がわかります。これは大切な人を失った経験がある人なら同じ想いを経験されたことがあるかもしれません。そして、曲の途中で一人称の「わたし」と二人称の「あなた」が入れ替わります。
「何をしていたの、何を見ていたの わたしの知らない横顔で」とあります。
死んでしまったわたしが、あなたに向かって問いかけます。
「なんでそんなに悲しい顔をしているの？」と。「どこかであなたが今わたしと同じ様な涙にくれ、淋しさの中にいるなら、わたしのことなどどうか忘れてください。そんなことを心から願うほどに。今でもあなたはわたしの光」と続いています。
死んでしまった「わたし」と同様にもし「あなた」も涙を流しているのなら、「わたし」のことなど忘れて、その悲しむ姿から開放したい。という意味でこのような歌詞にしたと米津さんは言っています。それほど、地上に残してきた“あなた”が大切な存在ということでしょう。キリスト教的に言うならば、死によって天国へ旅立った人が今でも地上に残していった「あなた」という存在を大切に思っているということです。
離れても代えられない存在として
曲の後半に「あんなに側にいたのに、まるで嘘みたい。とても忘れられない、それだけが確か」とあります。私たちは大切な人を失うことがありますが、地上に残された者も、もしかしたら地上を旅立った人たちもそのように互いのことを想い合っているのかもしれません。では、大切な人を失った人にとって、大切な人を残して旅立った人にとって、その人との出会いやそれまでの交わりは何も無かったものになるのでしょうか。悲しみだけが残されるのでしょうか。
曲の最後に「切り分けた果実の片方のように」とあります。スペインには「あなたはオレンジの片割れ」ということわざがあるそうです。それは、オレンジは半分に切り分けると、中身が同じものは２つとないそうです。それだけ切り分けられてもその相手は運命の相手ということです。この曲ではオレンジではなく、レモンですが、果実が切り分けられて離れ離れになるように、死によって地上と天国とに分かれてしまいます。でも、大切な相手が運命のような、他には代えられない存在である事実は変わりません。私も大切な方々の葬儀で牧師としての働きを担いますが、その時に故人との別れを惜しみつつも、その方に出会えたことに心から感謝することを大切にしています。
キリスト教的なイメージが秘められた曲
『Lemon』の歌詞の締めくくりに「今でもあなたは私の光」とあるように、その出会いは特別なものであり、悲しい気持ちをも照らしてくれる大切な人の存在はいつまでも消えない光であることが歌われています。
この曲を聴いた時に、「深いなぁ」、「大切な人を失った人の気持ちを代弁してくれているなぁ」と感心させられました。この曲のミュージックビデオは2023年時点で８億回以上再生され続けています。それだけ多くの人がこの曲に共感しているということだと思います。また、この曲のミュージックビデオは日本キリスト教団早稲田教会の礼拝堂で撮影されました。米津さんは映像の撮影にもこだわる方なので、恐らくこの曲にキリスト教的な大切な人を天国に送り、地上と天国に離れ離れになるというイメージを持ちつつこの曲をつくられたのだと思います。
